2022/08/27 20:00
「瑛(えい)ちゃん、隠れて!」
カーンカーンと鐘の音が近づいてくるのが聞こえ、図書室の受付の理恵さんが僕に声をかけた。
毎日この時間になると、警備員が下校時刻を知らせる鐘を持って村民会館内を巡回しはじめる。
鐘の音は徐々に近づき、ガラガラと図書室の戸が開く
「お疲れ様です、理恵さん。残ってる子供いませんか?」
「みんなさっき帰しましたよ、私もいま帰ろうとしたところです」
「そうでしたか。夏休みは利用者も増えて大変ですよね、ご苦労様です。」
軽く室内を見渡すと、警備員は再び見回りに戻った。
「出てきていいわよ」
「すみません、いつもいつも。…でもいい加減その呼び方やめません、もう俺中学生ですよ?」
「いいじゃない、昔っからそう呼んでるんだから!それで、今日の本はどれにする?」
長いこと悩んだ割に、手に取った本は結局いつもの古い絵本。
タイトルは『そらのまいご』。
とあるおとなしい少年が、空から降ってきた綿のような不思議な生き物と出会い、2人だけの特別な思い出を育んでいく物語。
昔から大好きでよく借りていて、貸出カードのほとんどが『円 瑛士(まどか えいじ)』の名前で埋まっているほどだ。
絵本を鞄にしまい、警備員に見つからないようひっそり会館を後にする。
僕しか知らない生垣の抜け穴を抜けて、帰路についた。
家に帰るには、村一番の大きな橋を渡る必要がある。
だいぶ昔にかけられたというこの橋。木造なのに今でも現役で人々を向こう岸へと渡している。
爺ちゃんが若い頃、その建設に携わったらしい。
今でもお酒を飲むと自慢してくるから、相当誇らしいんだと思う。…正直ちょっと聞き飽きてるけど。
何十年にも渡ってこの村の人々を支えてきた橋は流石にちょっとボロボロで、今にも崩れてしまうのではないかとヒヤヒヤしながら渡っている。
川原では、井戸端会議をするおばさんや同級生と思わしき子供たちが遊んでいるのが見える。
ああやって誰かと何かをする楽しさが、今の僕には分からない。
羨ましいかと聞かれれば…。まぁ、今はいいかな、このままで。
町一番なだけあって、橋から見える景色はとても美しい。
川を覗き込むと、まっすぐ夕日が差してキラキラと輝いていた。
時折魚たちも水面に顔を覗かせている。
こんなに綺麗な景色が見られる橋を造ったと思うと、あの爺ちゃんの自慢っぷりにも少し納得がいく。
少しの間景色を眺め、そろそろ帰ろうとしたその時。
橋脚のあたりが光ったように感じた。
目を凝らして見てみると、何かが置いてあるのが分かった。
四角い、箱のようなものが見える。なんだあれ。
不思議に思った僕は、一度その近くへと行ってみることにした。
橋脚の根元に辿り着く。
そこにあったのは……何の変哲もないダンボール箱。
え?ただのダンボール??
宝箱か何かだと思って近づいてしまったので、謎の肩透かし感がすごい。
しかしなぜあんなダンボールが光って見えたのか。水面の反射と見間違えたのか…?
色々考えながらも振り返ってその場を離れようとしたその時、そのダンボール箱がガタッと動いた。
再びダンボールに目をやる。もしかして子犬でも捨てられているのだろうか。
いくらなんでもこんなところにいたら、誰にも気付かれず命を落としてしまう。
そう思った僕はすぐさま先程のダンボールに駆け寄り、箱の蓋に手をかけた。
その瞬間、中に入っていた何かが強烈な光と共に勢いよく飛び出してきた。
驚いて尻もちをついた僕の周りを、激しく光を放つ何かが飛び回る。
驚きと光のダブルパンチで瞑っていた目を徐々に開くと、そこには眩い光をまとった球のようなものが浮いていた。
そんな僕を見て、ぴょんぴょんと僕の周りを飛び回る光。
「…生きてる…のか?」
大きく上下に動く光。不思議と頷いたようにも見える。
おもむろに両手で皿を作ってあげると、光はその上へと乗ってきた。
どうやら本当にこの"光"は生きていて、僕たちの言葉が通じるらしい。
撫でるような仕草で光に手を添えると、光はプルプルと細かく震えながら喜んでいた。
……喜んでいた?なぜ、そう感じた?
わからない。わからないけど。
この子を放っておくことはできない、護らなければならないという思いが込み上げてきた。
しかし、犬や猫ならともかく、光を保護するなんて話は聞いたことがない。
ひとまず、うちの裏に作った僕専用の秘密基地にその光を匿うことにした。
ちょうど去年の今頃に作ったこの秘密基地は、辛いことや悲しいことがあった時、何かに集中したい時によく使っている。
実家の倉庫にあったダンボールや木の端材とそこらへんの木の枝なんかを雑に組み合わせて作ったうえに、もう作って一年ぐらいになるから正直ボロボロ。爺ちゃんに見せたらなんて言われるか。
でも、そんな空間にいる時間が、僕はなによりも好きだった。
葉っぱのカーテンを肩で避けながら、秘密基地へと入る。
工具や端材たちを避けて、光が入ったダンボール箱を置く。
「ごめんな、こんな場所しかないんだけど」
光は恐る恐る箱から出る。
しかしすぐに基地内を飛び回り、また僕の前でぴょんぴょんと跳ねた。
「良かった〜。あでも、僕がいない時はここから出たらダメだよ。誰かに見つかったら大変だからね。」
光はクルクルっと回った。きっと伝わった……はず。
「そうだ、お前の名前を決めてなかったね?」
きちんと飼うなら、やっぱり名前が必要だ。
いつまでも"光"って呼ぶんじゃ流石に可哀想だし。
……でもどんな名前つけたらいいんだ?
こんな不思議な生命体に「ポチ」とか「タマ」とかよく聞く名前は似合わないよなぁ。
あれやこれやと色々と考えているうちに、さっき図書館で借りてきたあの絵本のことを思い出す。
「あ!そういえば!」
あの本にも、光ではないけど"不思議な生命体"が出てきてた。
どこからやってきたのか分からない、得体の知れない不気味さと心を通わせ合えるかもしれない愛くるしさを併せ持つ、地球上には存在しない生命体。
これだ、この名前しかない。
再び両手のひらに乗せた光を見つめて、僕は言った。
「お前の名前は『エイリア』だ!」
【続く】